数年に一度、シンガポールに行くたびにいつも立ち寄るクラークキー。夜は飲み屋が活況のにぎやかなエリアですが、どういうわけかとても落ち着く場所でもあるのです。
最初に振り返ったのは、2010年。当時職人.comとは別にカフェを運営していたのですが、オープンして3カ月ほど経ち、少々煮詰まってきたところでした。そこで、タイミングよく入ってきてくれた人に任せ、オーストラリアを旅したついでに立ち寄りました。川辺の飲食店で夕方にビールを一人飲んでいたら、同じく暇そうにビールを飲んでいる男性が。話しかけたら盛り上がり、その後3日間はそのイギリス人男性と、彼の友達のスロベニア人女性、更にその友達のシンガポール人女性とご飯を食べたりして、とても良い思い出になりました。なぜここに二人が引き付けられたのかと考えると興味深く思います。勢いで立ち上げた飲食店をこれからどうしていくかと悩む自分と、シンガポールに転勤したばかりでまだ働く前だった彼。今後の人生を、不安と期待と共に思い描いていたのだと思います。
次に振り返ったのは2013年。カフェはとうの昔に閉店し、「100カ国達成プロジェクト」と自分で名付けた100カ国訪問の旅を終え、2012年にアイルランドで出会った妻とニュージーランドへの新婚旅行に行った帰りでした。この近くに安宿を取ったこともあり、シンガポール川の隣で朝食を食べながら、旅した国々や歩んだ人生について思い返していました。これからどんな風に会社を発展させていくかを、32歳の若さゆえ、野心的にも考えていたと思います。その後、妻の撮る料理写真が加わったことや世界中で美しいものを見てきた経験が生かされ、職人.comは大きく発展しました。セレクトの基準が確立されたのもこのころ。
次は2017年。前回の渡星時です。同業者さんが2回も『マツコの知らない世界』というテレビ番組に出られて、取扱品が似ている当店にもたくさんのご注文がありました。当時、長年勤めたスタッフの渡米や退社があり、妻と二人だけの会社になっていました。そこにボーナス的な売上が舞い込み、おかげさまでお金の心配はなかったので、気が済むまで大好きになったクラフトビールを浴びるように飲む日々でしたが、どこかこのままで良いのだろうかと考えていたことも確かです。人生で初めて結婚式で友人代表挨拶というものをしたのですが、そのめでたい新婚夫婦の家に空気も読まずに泊まり、相談をするほど悩んでいました。友人からのアドバイス、「何を達成したいかよりも、何をやってる状態が一番楽しいかを考えたらいいんじゃない?」は金言でした。その言葉に救われ、心癒やされる京町家での暮らしの発信と、挑戦したかった多言語での販売、愛してやまない建築物にショールームを作っていく作業が加速します。
今は2023年。コロナが社会を変えてから3年以上が過ぎましたが、ショールームは北海道から九州まで5つになり、対応言語はすべて自社スタッフのネイティブチェック付きで8言語になりました。無理をして成長を急いだので、まだまだ大変なところもありますが、妻と二人だけの会社だった前回のクラークキーでの振り返りから、10倍近いスタッフ数になり、とても充実した日々を過ごすことができています。近々またシンガポールを訪れて、駆け足でやってきたこの数年の振り返りと、今後の職人.comについてゆっくりと考えてみたいと思っています。
クラークキーは私にとっての宝です。久しぶりに心落ち着く場所で、人生を振り返ってみてはいかがでしょうか?