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ケツメイシの『旅人』とパウロ・コエーリョの『アルケミスト』。私が100カ国の旅を貫徹する際におともにさせていただいた作品です。

『旅人』という歌には、「今はまだ目的が見つかっていないけれども、新しい一歩を踏み出すことで何かを変えたい」という気持ちを後押ししてもらいました。ボリビア・ウユニ塩湖で一人歩きながら『旅人』を歌ったことは良い思い出です。

『アルケミスト』は、言わずと知れた世界的大ベストセラーの物語。スピリチュアル関連の本を読み漁っていたころに出会いました。ローカルバスでの中米7カ国縦断の旅を終えたあと、飛行機の中で読み直し、心の声に従うことを決めて、その後の100カ国への旅につながりました。

旅に出たらどうなるか、会社を辞めたらどうなるか、その先に何があるかは誰も分かりません。確実に残るのは「やった」という事実。自分の奥底から湧き上がる思いに従ったということ。

以前、近畿大学で3年間講演をさせていただいたことがあり、2年連続でお話しした内容をご紹介させていただきます。

マズローは自己実現が人間にとって最上級の欲求としましたが、現代の日本はすでに豊かな社会。自己実現を目指そうと言われてもあまりピンと来ません。そこで、現代においては、まず生存欲求があるのは同じですが、次に自己実現、そして一番上には社会貢献が来るのではないかと思いました。

自分以外の多くの誰かが自分のやったことで幸せになる。そう考えたときに、初めて実感として会社をやっている意義を、人生の目的を再認識できたのです。

しかし、自分が満たされていない状態ではどうでしょうか?本当は思う存分旅がしたいと思っているにもかかわらず、時間が取れずに悶々とした日々を過ごしているとしたら、自己実現はおろか、社会貢献にまで視野が広がらないと思います。

なので、まずは生存欲求を満たしていくこと。ゆとりのある生活、旅に出られる時間、良い人間関係など、根源的な生物としての欲求を第一に満たすことです。それにより初めて、日々の心配事から解放され、本当にやりたいと思っていたことができる余裕が生まれます。また、スピリチュアル的にいえば、自分の心模様と同じ現実が目の前に現れるため、健全な心は最も大事ということになります。

そんなことに気付かせていただくきっかけになった、『旅人』と『アルケミスト』でした。これからも人生に迷ったときには思い出したいと思います。

ケツメイシの『旅人』
https://youtu.be/oZMVzXEUZTs
パウロ・コエーリョの『アルケミスト』
https://amzn.to/4akTdZ6

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この空を見て仕事をするようになり、はや15年半。上京区の京町家がこれまでの半生を、そしてこれからの人生を変えてくれました。

諦めずにもがいた者に与えられる果実があるとするならば、2008年のある朝、悩みながら会社に向かう前に、ふと気になって立ち寄った喫茶店の雑誌に載っていた町家紹介の不動産屋さんに、店を出てすぐに電話をし、その日中にこの町家と出会えたこと。

もう一つは、それから4年半後に、カフェを作って撤退したりと会社の目的が見えなくなり、だったら分かるまで旅をしようと決めた100カ国訪問の旅の途中、74カ国目のアイルランドの西の端で妻に出会えたことです。

毎日の一つ一つの思いや行動が今を形作っています。さまざまな失敗を経て、創業事業である職人.comだけに集中しようと決意したのは起業からもうすぐ7年という時でした。いつからでも遅くはありません。月並みな表現ですが、「今が人生で一番若い」。その言葉を胸に、誰に何を言われようが気にすることなく、悩むときは気が済むまで悩んで、もがいて、あがいて、自分の人生を歩んでいきましょう。

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数年に一度、シンガポールに行くたびにいつも立ち寄るクラークキー。夜は飲み屋が活況のにぎやかなエリアですが、どういうわけかとても落ち着く場所でもあるのです。

最初に振り返ったのは、2010年。当時職人.comとは別にカフェを運営していたのですが、オープンして3カ月ほど経ち、少々煮詰まってきたところでした。そこで、タイミングよく入ってきてくれた人に任せ、オーストラリアを旅したついでに立ち寄りました。川辺の飲食店で夕方にビールを一人飲んでいたら、同じく暇そうにビールを飲んでいる男性が。話しかけたら盛り上がり、その後3日間はそのイギリス人男性と、彼の友達のスロベニア人女性、更にその友達のシンガポール人女性とご飯を食べたりして、とても良い思い出になりました。なぜここに二人が引き付けられたのかと考えると興味深く思います。勢いで立ち上げた飲食店をこれからどうしていくかと悩む自分と、シンガポールに転勤したばかりでまだ働く前だった彼。今後の人生を、不安と期待と共に思い描いていたのだと思います。

次に振り返ったのは2013年。カフェはとうの昔に閉店し、「100カ国達成プロジェクト」と自分で名付けた100カ国訪問の旅を終え、2012年にアイルランドで出会った妻とニュージーランドへの新婚旅行に行った帰りでした。この近くに安宿を取ったこともあり、シンガポール川の隣で朝食を食べながら、旅した国々や歩んだ人生について思い返していました。これからどんな風に会社を発展させていくかを、32歳の若さゆえ、野心的にも考えていたと思います。その後、妻の撮る料理写真が加わったことや世界中で美しいものを見てきた経験が生かされ、職人.comは大きく発展しました。セレクトの基準が確立されたのもこのころ。

次は2017年。前回の渡星時です。同業者さんが2回も『マツコの知らない世界』というテレビ番組に出られて、取扱品が似ている当店にもたくさんのご注文がありました。当時、長年勤めたスタッフの渡米や退社があり、妻と二人だけの会社になっていました。そこにボーナス的な売上が舞い込み、おかげさまでお金の心配はなかったので、気が済むまで大好きになったクラフトビールを浴びるように飲む日々でしたが、どこかこのままで良いのだろうかと考えていたことも確かです。人生で初めて結婚式で友人代表挨拶というものをしたのですが、そのめでたい新婚夫婦の家に空気も読まずに泊まり、相談をするほど悩んでいました。友人からのアドバイス、「何を達成したいかよりも、何をやってる状態が一番楽しいかを考えたらいいんじゃない?」は金言でした。その言葉に救われ、心癒やされる京町家での暮らしの発信と、挑戦したかった多言語での販売、愛してやまない建築物にショールームを作っていく作業が加速します。

今は2023年。コロナが社会を変えてから3年以上が過ぎましたが、ショールームは北海道から九州まで5つになり、対応言語はすべて自社スタッフのネイティブチェック付きで8言語になりました。無理をして成長を急いだので、まだまだ大変なところもありますが、妻と二人だけの会社だった前回のクラークキーでの振り返りから、10倍近いスタッフ数になり、とても充実した日々を過ごすことができています。近々またシンガポールを訪れて、駆け足でやってきたこの数年の振り返りと、今後の職人.comについてゆっくりと考えてみたいと思っています。

クラークキーは私にとっての宝です。久しぶりに心落ち着く場所で、人生を振り返ってみてはいかがでしょうか?